シングルタスクという古い技術

要点
- 一度に一つの作業だけを行う「シングルタスク」は、新しい流行ではなく古くからある技術だ。
- マルチタスクの多くは実際には作業の高速な切り替えで、切り替えのたびに見えない費用が生じる。
- ただしシングルタスクが常に最適なのではなく、待ち時間の多い作業では切り替えが理にかなう場面もある。
- 問題は能力ではなく、切り替えの費用を自覚しないまま常時マルチタスクを前提にする習慣にある。
シングルタスクという言葉が、まるで新しい健康法のように語られることがある。だが、一度に一つのことに取り組むのは、人類が長く当たり前に行ってきたやり方だ。新しいのはむしろ、複数の作業を同時に走らせることが標準だと考えるようになった、ここ数十年の前提のほうである。
切り替えの費用
認知科学の知見では、人間が文字どおり二つの思考を同時に並行させることはほとんどできない。マルチタスクと呼ばれるものの多くは、実際には作業のあいだを高速で行き来する切り替えだ。そして切り替えには費用がかかる。心理学者のデイヴィッド・マイヤー氏らの研究は、課題を切り替えるたびに反応が遅くなり、誤りが増えることを示してきた。一回ごとの遅れはわずかでも、一日に何百回と積み重なれば無視できない量になる。
常に正しいわけではない
とはいえ、シングルタスクが万能だと主張するのは行きすぎだ。待ち時間の長い作業——たとえば何かの処理を待つあいだ——に別の単純作業を挟むことは、合理的な切り替えでもある。問題は切り替えそのものではなく、その費用を自覚しないまま、あらゆる場面でマルチタスクを初期設定にしてしまう点にある。裏を返せば、費用を意識して選ぶ切り替えと、惰性で起きる切り替えは、まったく別のものだ。
古い技術を選び直す
シングルタスクを「技術」と呼ぶのは大げさに聞こえるかもしれない。けれど、一つの作業に区切りをつけ、終えてから次へ移るという段取りは、意識して身につける必要のある手順だ。通知の設計を見直すことも、集中をめぐる対話で確認した「中断要因を遠ざける」ことも、突き詰めればこの古い技術を使える状態を取り戻すための準備にあたる。新しい道具を足すより、一つずつ片づけるという昔ながらの段取りに戻すほうが、結果として速いことは少なくない。
出典
- David E. Meyer, et al.「Executive Control of Cognitive Processes in Task Switching」(課題切り替えの費用に関する研究)
- 米国心理学会(APA)「Multitasking: Switching costs」解説資料