物理ボタンとタッチ画面、静けさの観点から

要点
- 物理ボタンとタッチ画面を、操作の速さではなく「静けさ」の観点から比較した。
- 物理ボタンは見ずに操作でき、画面を覗き込む時間を減らすが、機能の数で劣る。
- 一方タッチ画面は柔軟だが、操作のたびに視線と注意を画面へ引き寄せる構造を持つ。
- どちらが優れているかではなく、どの動作を「見ないで済ませたいか」が選択の基準になる。
音楽の再生を止めるために画面を点け、ロックを解除し、目的のアプリを探す。この一連の動作のあいだ、視線は画面に固定される。一方、物理ボタンのある機器なら、ポケットに手を入れたまま指先だけで止められる。同じ「止める」でも、要求される注意の量はまるで違う。物理ボタンとタッチ画面の差は、機能の多寡だけでは語れない。
見ないで操作できるということ
物理ボタンの最大の特徴は、視覚を使わずに操作できる点にある。指は凹凸を頼りに位置を覚え、やがて見ずとも押せるようになる。この「見ないで済む」性質は、画面を覗き込む回数を静かに減らす。Teenage Engineering や Light 社のような、操作を物理的な要素へ寄せる製品が一定の支持を得てきた背景には、この感覚への需要がある。
もっとも、物理ボタンには限界もある。一つのボタンに割り当てられる機能は限られ、複雑な操作には向かない。多機能を一台で担わせようとすれば、結局は画面に頼ることになる。
タッチ画面が引き寄せるもの
タッチ画面の柔軟さは疑いようがない。同じ面が、ある時はキーボードになり、ある時は地図になる。だがその柔軟さの代償として、操作のたびに正しい位置を目で確認する必要が生じる。ニコラス・カー氏は『ネット・バカ』で、媒体の形式そのものが私たちの注意の使い方を作り替えていくと論じた。タッチ画面は、操作のたびに視線と注意を画面へ呼び戻すという点で、その典型といえる。
基準は「見たくない動作」
結局のところ、優劣を一般論で決めることはできない。鍵になるのは、自分がどの動作を「画面を見ずに済ませたいか」だ。音量や再生停止のような頻度の高い単純な操作ほど、物理ボタンの恩恵は大きい。逆に、年に数回しか使わない設定項目に専用ボタンを設ける意味は薄い。電子ペーパー端末の記録でも、またシングルタスクの考察でも繰り返し現れるのは、道具を「何ができるか」ではなく「何に注意を払わせるか」で見直す視点だった。物理かタッチかという問いは、その配分をどこで切るかという問いに置き換えられる。
出典
- ニコラス・カー『ネット・バカ——インターネットがわたしたちの脳にしていること』(青土社)
- Teenage Engineering / Light 製品設計に関する公開情報(物理操作を重視した機器の事例)