喫茶店で「電源なし」の席に座る人々

要点
- 電源コンセントのない席をあえて選ぶ人々を、都内の喫茶店で観察し、その理由を聞いた。
- 「充電できない」という制約が、滞在時間と作業量に自然な上限を設けていた。
- 一方で、それを不便と感じて電源席を探す人も当然多く、好みは明確に分かれていた。
- 制約を欠点ではなく区切りとして使う発想は、道具の設計にも通じる。
その喫茶店には、電源コンセントのある席とない席が、はっきり分かれて存在していた。平日の午後、私が観察したのは、電源のない窓際の席をあえて選んで座る人々だった。挽きたての豆の匂いと、控えめに流れる音楽。彼らは端末を開きはするが、その使い方はどこか急いでいなかった。
充電できないという区切り
四十代と見える男性に話を聞くと、答えは明快だった。「ここなら、電池が切れたら帰る時間だと分かる」。電源のない席は、作業に物理的な締め切りを与えていた。残量という目に見える数字が、滞在の上限を自然に決める。意志で「そろそろやめよう」と判断する必要がない。電池が代わりに区切ってくれる。
これは、外から与えられない区切りを取り戻すという、終わらないスクロールへの対処と同じ構造をしている。違いは、その区切りを端末の設定ではなく、座る場所の選択によって作っている点だ。
分かれる好み
もっとも、全員がこの考えを共有していたわけではない。同じ店内で、電源のある席は早々に埋まり、空席を探して移動する人もいた。長時間の作業が必要な日もあれば、締め切りより継続を優先したい仕事もある。制約を区切りとして歓迎するか、単なる不便とみなすかは、その日の目的によって変わる。どちらが正しいという話ではない。
制約という設計
電源のない席が教えてくれるのは、制約が必ずしも欠点ではないということだ。むしろ、適切な場所に置かれた制約は、判断の負担を肩代わりしてくれる。図書館の自習席の観察で見た席選びと同じく、人は環境の中に、自分の行動を区切る仕掛けを探している。喫茶店の電源のない席は、その仕掛けが偶然うまく働いている場所の一つだった。制約をどう設計に取り込むかは、空間にも道具にも共通する問いだ。
出典
- ドナルド・ノーマン『誰のためのデザイン?』(制約とアフォーダンスに関する議論)
- セーレン・キェルケゴール『反復』(制約と選択に関する哲学的考察の参照)